復興支援女子 岩手県大槌町 秋田県仙北市田沢湖 

今年で東日本大震災から6年目となります。様々なスタイルで復興支援に取り組んでいる女子3人の紹介です。左から、SAVE IWATEの絵梨さん、大槌町で刺し子で復興支援するプロジェクトの吉田真衣さん、岩手県盛岡市で商店街の活性化プロジェクト「時空(とき)の商店街」の店長菜津樹(なつき)さんです。

菜津樹さんのお住まいは秋田県の田沢湖のある仙北市。その田沢湖湖畔にある「山のはちみつ」屋さんは毎年「はちみつ祭り」を開催していて、お祭りのときはすごい来客だとか。この山のはちみつやさんは、はちみつの製造と販売もしています。

ところが、そこで扱うはちみつの産地はいろいろ。「観光客に人気のおみせだけれども、地元の品物ばかりでなくてもいいんだ」というのが最近の発見だとか。ご自身、店長をしているので魅力的なお店作りにいろいろなチャレンジをしているのでしょう。

ところで、田沢湖は伝説の美少女「辰子」が龍になった場所で美しさを求める女性の聖地だとか。湖面にたたずむ金色のたつこ像は有名です。

この像は、カトリックの信徒で彫刻家の舟越保武(ふなこしやすたけ)氏の作品で、昭和43年に除幕したと仙北市の観光案内に書いてあります。ライブカメラでいつでも会いにいけます

まだ、たつこ像を直接みたことはありませんが、船越氏の作品の「聖ベロニカ」のような清楚なたつこ姫と出会えるのでしょうね!

たたら 島根県出雲市

新宿駅西口広場は日本中の不思議な場所とつながっています。

今日は、島根県出雲市をアピールするトークショウがありました。島根県観光大使で食・旅のブロガー西村愛さんと同郷の高校のときの後輩、園山さんが出雲地方と「たたら」の魅力を語ります。

「たたら」は古代日本の製鉄所。出雲の風景は「たたらの」の文化ときってもきれないつながりがあるというお話です。

谷間に肩を寄せ合うような「たたら」の集落は風の通り道となり、鉄を溶かす溶鉱炉に必要な酸素を送りこみます。

刀の材料となる玉鋼(たまはがね)を取り出すために、森を切り開き、水路をつくり、砂鉄を含む土砂を流し原料を取り出す。切り開かれた森と水路はその後、食料を供給する棚田となったそうです。

古代出雲に住んでいたオオクニヌシの子孫たちは、出雲のクニを譲りますが、当時の最先端技術である製鉄技術と土木技術を持って日本の国土を開発してゆきます。

出雲はおそばで有名だということを今日はじめて知りました。西日本はうどん、東日本はそばと思っていたのですが、出雲が「そば文化」の起源なのでしょうか。

オオクニヌシは子だくさんの神様でもあります。土着の神様と交わりながら地域のひとびとから敬われていたのでしょう。

そば文化は東日本の痩せた土地でも食料生産を可能にします。国譲りのあと、関東地方を開拓したオオクニヌシの子孫たちのあしあとは、「そば」とオオクニヌシのお先祖様スサノオを御祭神の氷川神社として関東地方の風景に溶け込んでいます。

 

週末レストランのなぞ 東京都世田谷区宮坂

一月最後の日曜日、近所をぶらぶらしていると、おいしそうなイチゴとナポリタンの立て看板が目に入ります。こんなところにレストランあったけ?と思いながら、そういえばもうお昼。おなかもすいてきたので恐る恐るレストランの扉を開けてみます。

コンクリート打ちっぱなしの店内は、白い壁に海岸に打ち上げられたような廃材で作ったカラフルなテーブルとイス。本棚にはムーミンやアニメーション作家の宮崎駿さんの本が並んでいます。なにか雰囲気のあるカフェレストラン。熊本のあまいトマトのナポリタンがランチメニューにあります。

12時だというのお客さんは一人、だいじょうぶかなーと思いながら、ビールとナポリタンを注文してみます。するとどうでしょう。きれいなお姉さんが愛想よく注文を受けて、イケメンのマスターが手つき良くナポリタンを炒めはじめます。

ここは、女優の江口ヒロミさんとご主人でスタイリストの竹本jender雄史さんと sol.cafeの陽穂(ひほ)さんの3人トリオで運営する週末だけのヒミツのカフェです。

しばらくすると、とってもおしゃべりで幸せそうな幼稚園の男のをつれたあおあさん、商店会の新年会に行く途中にワインを一杯楽しみに来た常連のご主人など、なんだかにぎやかになってきます。

ヒロミさんは相模原出身、竹本jender雄史さんは熊本、おばあちゃんが名づけ親の陽穂さんは大島出身ですが、みなさん力をあわせてカフェを切り盛りしています。週末カフェは去年の暮れから本格オープン。夜9時ごろ目の前を通ってみるとお店は若い人たちでいっぱいでした!

ヒロミさん、竹本さん、陽穂さん

週末カフェ NUM アクセス:世田谷区宮坂3-46-2

 

 

春日山のひみつ-その2- 川越市名細地区

昨日の続きで、川越市名細(なぐわし)地区の謎にせまります。春日山の秘密を解くヒントは記憶の中にもありました。現在ではもう見ることのできない景色ですが35年まえ、小畔川(こあぜがわ)の河畔から中学校のある高台をみた記憶のなかの風景です。

季節は初夏でしょうか。武蔵野の雑木林と土手の境にはヒメジオンなどの白い花が群生し、関東近郊ではごく普通にみられる牧歌的な景色です。

高さ10メートル前後の小畔川の浸食でできた河岸段丘の上に中学校はありました。小高い木の茂った場所は「山」といってもよいのでしょう。おそらく地名も小畔川から見上げたこの土地の様子を名付けたのかもしれません。

段丘の下にテニスコートが見えます。たしか2面あったように記憶しています。たしか男子と女子で曜日交代で使っていました。コンクリートのローラと埃っぽい関東ロームがむきだしの赤土の校庭に水をまきながら部活動をしていました。

まだ当時は小畔川の河畔には水田が残っていましたが、現在は宅地になっています。写生大会で今日のスケッチと同じよな風景を描いたのを覚えています。大きな画用紙と画板をもって外でのスケッチは本当に楽しい時間でした。

 

 

春日山のなぞ 川越市名細(なぐわし)地区

きょうは中学校の同窓会でのフィールドワークです。川越市は東京のベッドタウンとして1970年以降急激に人口が増えました。郊外が拡大するドーナッツ化現象を体験することができる貴重なフィールドのひとつです。(以前新宿で川越出身の人たちと遭遇したときのスケッチはこちらです)

小生は小学校5年生の時に漁村の千葉の鴨川市太海からこの川越市に引っ越してきた新住民でした。新住人には田舎から郊外に引っ越してきたひとと、都心から郊外に引っ越してきた2つのグループがありました。23区から川越に引っ越してきたひとたちはいつかは都心に回帰したいといった雰囲気があったのを覚えています。

田舎から来た小生にとって高速道路(関越自動車道)に通勤電車(東武東上線)、工業団地が盛んに開発され、ドラえもんののび太君たちの遊び場のように広っぱがそこかしこにある世界はとてもエキサイティングでした。川越市内にはしっかりした模型屋さんもあり、広場でエンジン模型を飛ばす大学生のお兄さんたちなどとも出会うことができました。

ハイツと名の付く戸建て分譲住宅が畑地や水田の中に開発されニューファミリーが引っ越してきます。木造校舎が鉄筋コンクリートになり、増える人口に対応すべく校舎が新築され、仮校舎で授業を受けた記憶があります。中学校のグラウンドで夏休み理科の先生とエンジン模型の飛行機を一緒に飛ばしたこともありました。

さて、今日の本題。この名細(なぐわし)中学校の校歌には「むらさきにおう武蔵野の、春日山べの丘高く…」というなぞ歌詞があります。山といってもどこを見ても武蔵野の平野ばかりで山らしきものは見当たりません。格調高い歌詞ですし、語呂もいいのですが、なぜ中学校の校歌に「春日山」が出てくるのか35年間ずっとなぞでした。

先日ひさしぶりに会った市役所につとめるSさんによれば、中学校のある場所のむかしの住所が「大字小堤春日山14番地」だったことから「春日山」という地名が校歌に引用されたのではとのことでした。同窓会のおかげで謎が解けました!

 

 

 

ちとふなで GO! 世田谷区千歳船橋

立川真司さんと山口ともかさん

小田急線千歳船橋駅前の広場では千歳船橋商店街のイベントをやっていました。先月11月の第二日曜日は北海道物産展で知床昆布の屋台や北方四島返還の署名を集めているブースが出店していました。

千歳船橋駅は知床旅情の作詞と歌で有名な森繁久弥さんが住んでいたのでそのご縁での恒例のイベントのようです。

今日はクリスマスシーズンにちなんで商店街のお店が出店してホットワインやソーセージ、ワッフル、居酒屋さんの肉豆腐を販売しています。

千歳船橋商店街のイベントで感心なのはその質の高さです。今日の出演者さんは乗り物声帯模写の立川真司さん(埼玉県所沢市小手指)と現役音楽講師モノマネ芸人の山口ともかさん(埼玉県三郷市)です(写真)。

特に立川さんの小田急線の構内アナウンスネタは地元のお父さんたちには大うけです。貨物列車の通過、ジェット機の離陸音、新幹線の電子ベルなどかなりマニアックな内容でしたが驚異的な名人芸でした。所沢の小手指に住んでらっしゃることから秩父鉄道、西武線などのイベントにも引っ張りだこです。

三郷市から出演の山口ともかさんは埼玉県飯能市の私立高校の現役音楽講師でタレントさんです。ステージ前には50人ほどの観客がいましたが彼女の名前を知っているひとは6人でした。でもネタは子連れのおとうさん、おかあさん世代に合わせた榊原郁恵ネタと、子供たちにも合わせたディズニーネタでバランスよく盛り上げていました!

 

 

 

荒川区 諏訪台通り

201611_suwadai日暮里駅と西日暮里の駅の西側にある高台は諏訪神社があることから諏訪台とよばれています。尾根道の諏訪台通りにそって神社やお寺が並びます。諏訪神社は谷中、日暮里の総鎮守です。この日は七五三の着物姿の家族が数組お参りしていました。

諏訪台にある富士見坂は最近まで富士山が見える都内でも数少ない住宅街の坂の一つでしたが、ビルが建ってしまったので今では見ることができません。

そんな尾根道を西日暮里から谷中に向かって歩いてい見つけたのが、昭和の香りする朽ちたアパートです。なぜか気になったのでスケッチしました。

ボールペン1本で下町の木造家屋を精密にスケッチすることで知られる酒井不二雄(故人)さんは、現場に何日も通い作品を仕上げることで空気感が伝えられるといっています。

何日も通って作品を仕上げることはできませんが、30分ぐらいのスケッチは、わずかな時間ですが自分だけの風景を独り占めできる楽しみです。夢中で描いているとあっという間に時間が過ぎてしまします。