暑中お見舞い。真夏の夜の夢

昨日は中学校の時のカジュアルな同窓会がありました。当時、友達と会うときには、みんなを驚かすネタがなければといつも考えていたものです。今日はできるだけ多くのみんなの似顔絵描くことに挑戦です。なまえと顔を一致さたり、覚えるには似顔絵が一番です。

あの時代なかなか話せなっかた人同士も、ほんとうに良くおしゃべりします。3時間飲み放題の時間制限を設けなければいつまでもおしゃべりがとまりません。

中学校のときの印象とはずいぶん違う人、それとは反対にあまり変わらない人。飲みながらスケッチしているといろいろ発見があって楽しいものです。

そうそう、思い出しました。中学の夏休みは部活づけでしたが、小学校の時はプラモデルや飛行機模型ばかり作っていました。高校のときはスケッチブックをもってユースホステルに泊まりながらスケッチ旅行。

夏休みは自分のすきなことができる時間がたくさんあって楽しいことばかりです。ところが、7月が終わり8月に入るとあっという間に休みが終わってしまうのに毎年おどろかされたものです。

暑い日が続きます。みなさんご自愛ください。ところで、「夏休みの宿題」の絵を描きに行ったのでアップしておきます!

 

春日山のひみつ-その2- 川越市名細地区

昨日の続きで、川越市名細(なぐわし)地区の謎にせまります。春日山の秘密を解くヒントは記憶の中にもありました。現在ではもう見ることのできない景色ですが35年まえ、小畔川(こあぜがわ)の河畔から中学校のある高台をみた記憶のなかの風景です。

季節は初夏でしょうか。武蔵野の雑木林と土手の境にはヒメジオンなどの白い花が群生し、関東近郊ではごく普通にみられる牧歌的な景色です。

高さ10メートル前後の小畔川の浸食でできた河岸段丘の上に中学校はありました。小高い木の茂った場所は「山」といってもよいのでしょう。おそらく地名も小畔川から見上げたこの土地の様子を名付けたのかもしれません。

段丘の下にテニスコートが見えます。たしか2面あったように記憶しています。たしか男子と女子で曜日交代で使っていました。コンクリートのローラと埃っぽい関東ロームがむきだしの赤土の校庭に水をまきながら部活動をしていました。

まだ当時は小畔川の河畔には水田が残っていましたが、現在は宅地になっています。写生大会で今日のスケッチと同じよな風景を描いたのを覚えています。大きな画用紙と画板をもって外でのスケッチは本当に楽しい時間でした。

 

 

春日山のなぞ 川越市名細(なぐわし)地区

きょうは中学校の同窓会でのフィールドワークです。川越市は東京のベッドタウンとして1970年以降急激に人口が増えました。郊外が拡大するドーナッツ化現象を体験することができる貴重なフィールドのひとつです。(以前新宿で川越出身の人たちと遭遇したときのスケッチはこちらです)

小生は小学校5年生の時に漁村の千葉の鴨川市太海からこの川越市に引っ越してきた新住民でした。新住人には田舎から郊外に引っ越してきたひとと、都心から郊外に引っ越してきた2つのグループがありました。23区から川越に引っ越してきたひとたちはいつかは都心に回帰したいといった雰囲気があったのを覚えています。

田舎から来た小生にとって高速道路(関越自動車道)に通勤電車(東武東上線)、工業団地が盛んに開発され、ドラえもんののび太君たちの遊び場のように広っぱがそこかしこにある世界はとてもエキサイティングでした。川越市内にはしっかりした模型屋さんもあり、広場でエンジン模型を飛ばす大学生のお兄さんたちなどとも出会うことができました。

ハイツと名の付く戸建て分譲住宅が畑地や水田の中に開発されニューファミリーが引っ越してきます。木造校舎が鉄筋コンクリートになり、増える人口に対応すべく校舎が新築され、仮校舎で授業を受けた記憶があります。中学校のグラウンドで夏休み理科の先生とエンジン模型の飛行機を一緒に飛ばしたこともありました。

さて、今日の本題。この名細(なぐわし)中学校の校歌には「むらさきにおう武蔵野の、春日山べの丘高く…」というなぞ歌詞があります。山といってもどこを見ても武蔵野の平野ばかりで山らしきものは見当たりません。格調高い歌詞ですし、語呂もいいのですが、なぜ中学校の校歌に「春日山」が出てくるのか35年間ずっとなぞでした。

先日ひさしぶりに会った市役所につとめるSさんによれば、中学校のある場所のむかしの住所が「大字小堤春日山14番地」だったことから「春日山」という地名が校歌に引用されたのではとのことでした。同窓会のおかげで謎が解けました!

 

 

 

ちとふなで GO! 世田谷区千歳船橋

立川真司さんと山口ともかさん

小田急線千歳船橋駅前の広場では千歳船橋商店街のイベントをやっていました。先月11月の第二日曜日は北海道物産展で知床昆布の屋台や北方四島返還の署名を集めているブースが出店していました。

千歳船橋駅は知床旅情の作詞と歌で有名な森繁久弥さんが住んでいたのでそのご縁での恒例のイベントのようです。

今日はクリスマスシーズンにちなんで商店街のお店が出店してホットワインやソーセージ、ワッフル、居酒屋さんの肉豆腐を販売しています。

千歳船橋商店街のイベントで感心なのはその質の高さです。今日の出演者さんは乗り物声帯模写の立川真司さん(埼玉県所沢市小手指)と現役音楽講師モノマネ芸人の山口ともかさん(埼玉県三郷市)です(写真)。

特に立川さんの小田急線の構内アナウンスネタは地元のお父さんたちには大うけです。貨物列車の通過、ジェット機の離陸音、新幹線の電子ベルなどかなりマニアックな内容でしたが驚異的な名人芸でした。所沢の小手指に住んでらっしゃることから秩父鉄道、西武線などのイベントにも引っ張りだこです。

三郷市から出演の山口ともかさんは埼玉県飯能市の私立高校の現役音楽講師でタレントさんです。ステージ前には50人ほどの観客がいましたが彼女の名前を知っているひとは6人でした。でもネタは子連れのおとうさん、おかあさん世代に合わせた榊原郁恵ネタと、子供たちにも合わせたディズニーネタでバランスよく盛り上げていました!

 

 

 

千葉県鴨川市太海

img_1551千葉県鴨川市太海(ふとみ)は、今では高齢者ばかりの漁村ですが、大正から昭和の洋画家安井曾太郎が「風景画を志すならば、太海にゆきなさい」といったことから洋画家たちが足ししげく通った漁村です。小学校4年生のとき1年だけ住んでいましたが、そんなことまったく知りませんでした。

豊穣の海のことを「太海」というのだそうで、旧正月には浜辺でどんど焼きが行われます。小学校のときこの祭りに参加しました。11月なると神社に小学生と中学生が集まり子供たちだけで祭りの準備がすすめられます。小生もみそっかすとして山でササを刈り取りに行かせられます。学校が終わったあとにササ刈をして浜辺に集めておき、節分の日の前日に浜辺にササをくみ上げて火をつけます。やぐらを組むのと火をつけるのはたしか大人の仕事でした。

節分にあわせてヒイラギとメザシのお飾りも子供たちだけで夜な夜な神社に集まって作ります。節分の前日には村中にこのメザシを刺したヒイラギを500円で売っておこずかいを稼ぎます。稼ぎは駄菓子屋のお菓子に消えてしまいます。今となってはふしぎな思い出です。

伊勢原のマクドナルド

20160501マクドナルドは経営不振で売上減といわれていますが、ここ伊勢原市のMIプラザでは混雑しています。ヨークマートや実用衣料のパシオス、ホームセンターのある郊外の複合商業施設です。

マクドナルドにどんな人が来るのか観察するとその商業施設の客筋をおおよそ理解することができます。郊外の工業団地の中にある施設なので日曜日でも作業着姿のあんちゃんやおじさん目立ちます。おじいちゃんやおばあちゃんも孫をつれてきています。なんだかみんなに愛されているマクドナルドを久しぶりに見ました。

そんななかサングラスをヘアバンドにしたちょっとおしゃれなお母さんがお姉ちゃんと弟君を連れてはいっていました。ジュースとフライドポテトを食べさておとなしくさせて、そのすきにおかあさんはたのしそうにスマホをチェックします!おかあさんの息抜きに近所のマクドナルドはやっぱり、やすくて便利なんですよね。

東京タワーもインバウンドでにぎやかです

20160414_TokyoTower東京タワーの周辺は仕事でよく出かけるところですが、あらためて平日東京タワーを訪れてみるとちょっと不思議な気分になります。

たしか5年ほど前は東アジア圏の観光客と、日本人中学生の就学旅行生が目につきました。今日行ってみると国も地域も様々で、東アジアからの観光客はほとんどいません。欧州、東欧からの観光客が団体バスで来ています。

こちらのスケッチは1Fのフードコートの様子で、近所のママ友、手前のテーブルでは遊戯王のカードゲームに興じる高校生、一番奥の男女は白人の男性と日本人の女性のカップルです。

平日午後のフードコートはなんだか郊外のショッピングモールのゆるい空気に似ていてイイ感じです。

人生初めて自分自身の似顔絵を描いてもらったのは小学校に入る前の夏、はじめて行った東京タワーでのこと。45年以上前のことでした。

当時あった蝋人形館(2013年閉館)は脈絡のない展示で、意味もなく怖い拷問と、すこしいびつな白雪姫や、なで肩のロックスターなどが置いてあって、どこかの温泉街にある見世物小屋のようなキッチュな場所でした。

いまでは、カフェやおしゃれな屋外ジンギスカンの食べ放題、ワンピースのアトラクションなど、おとなからこどもまで楽しめる、かなりマトモな観光施設になっています。