暑中お見舞い。真夏の夜の夢

昨日は中学校の時のカジュアルな同窓会がありました。当時、友達と会うときには、みんなを驚かすネタがなければといつも考えていたものです。今日はできるだけ多くのみんなの似顔絵描くことに挑戦です。なまえと顔を一致さたり、覚えるには似顔絵が一番です。

あの時代なかなか話せなっかた人同士も、ほんとうに良くおしゃべりします。3時間飲み放題の時間制限を設けなければいつまでもおしゃべりがとまりません。

中学校のときの印象とはずいぶん違う人、それとは反対にあまり変わらない人。飲みながらスケッチしているといろいろ発見があって楽しいものです。

そうそう、思い出しました。中学の夏休みは部活づけでしたが、小学校の時はプラモデルや飛行機模型ばかり作っていました。高校のときはスケッチブックをもってユースホステルに泊まりながらスケッチ旅行。

夏休みは自分のすきなことができる時間がたくさんあって楽しいことばかりです。ところが、7月が終わり8月に入るとあっという間に休みが終わってしまうのに毎年おどろかされたものです。

暑い日が続きます。みなさんご自愛ください。ところで、「夏休みの宿題」の絵を描きに行ったのでアップしておきます!

 

春日山のなぞ 川越市名細(なぐわし)地区

きょうは中学校の同窓会でのフィールドワークです。川越市は東京のベッドタウンとして1970年以降急激に人口が増えました。郊外が拡大するドーナッツ化現象を体験することができる貴重なフィールドのひとつです。(以前新宿で川越出身の人たちと遭遇したときのスケッチはこちらです)

小生は小学校5年生の時に漁村の千葉の鴨川市太海からこの川越市に引っ越してきた新住民でした。新住人には田舎から郊外に引っ越してきたひとと、都心から郊外に引っ越してきた2つのグループがありました。23区から川越に引っ越してきたひとたちはいつかは都心に回帰したいといった雰囲気があったのを覚えています。

田舎から来た小生にとって高速道路(関越自動車道)に通勤電車(東武東上線)、工業団地が盛んに開発され、ドラえもんののび太君たちの遊び場のように広っぱがそこかしこにある世界はとてもエキサイティングでした。川越市内にはしっかりした模型屋さんもあり、広場でエンジン模型を飛ばす大学生のお兄さんたちなどとも出会うことができました。

ハイツと名の付く戸建て分譲住宅が畑地や水田の中に開発されニューファミリーが引っ越してきます。木造校舎が鉄筋コンクリートになり、増える人口に対応すべく校舎が新築され、仮校舎で授業を受けた記憶があります。中学校のグラウンドで夏休み理科の先生とエンジン模型の飛行機を一緒に飛ばしたこともありました。

さて、今日の本題。この名細(なぐわし)中学校の校歌には「むらさきにおう武蔵野の、春日山べの丘高く…」というなぞ歌詞があります。山といってもどこを見ても武蔵野の平野ばかりで山らしきものは見当たりません。格調高い歌詞ですし、語呂もいいのですが、なぜ中学校の校歌に「春日山」が出てくるのか35年間ずっとなぞでした。

先日ひさしぶりに会った市役所につとめるSさんによれば、中学校のある場所のむかしの住所が「大字小堤春日山14番地」だったことから「春日山」という地名が校歌に引用されたのではとのことでした。同窓会のおかげで謎が解けました!