1920年代にエベレスト初登頂に挑んだイギリスの登山家マロリーは、記者会見で「なぜエベレストに登るのか?」と聞かれて「そこにエベレストがあるからだ!」と答えた話は有名です。
日本人にとって山に登る動機は何でしょう?
小学生のころ、親戚一家と一緒に富士山に登ったことがあります。なぜか、夜中の登山です。
お昼頃に5合目までバスで移動しジャリジャリと視界の開けた森林限界の山道を7合目まで登ります。
登りながら、宿泊する予定の山小屋が見えているのに、なかなかつきません。
なぜか、人ごみの山小屋に、ぎゅうぎゅうに押し込まれて一泊。頭と足を交互に横にした、すし詰めに寝かされているので、休めるはずがありません。
夜中の2時ごろ起こされて、ねむい目をこすりながら、すでに起きて登る準備をしている他のグループと一緒に外に出てみます。
昨日とはうって変わって激しい雨が降ってきました。真っ暗な山道を懐中電灯で照らしながら登りますが、雨がさらに強くなり、とうとう登るのを断念。途中で引き返します。
結局、山頂には到達できず、下山しますが、標高が下がるに従って、霧は薄くなり、雨も小降りとなります。なんと、5合目は晴れていました。
景色の見えない夜中の登山と、ぎゅうぎゅう詰めの山小屋。小学生の時、なんでこんな登り方をするのか???頭の中は疑問符だらけでした。
なぜ、こんな苦労をして登るのか?家族からも親戚からも詳しい説明がありません。謎です。
その謎が解けたのは、小学4年生の息子を連れて、日本百名山の一つ、白山に登った時でした。
登山は中腹の山小屋(室堂)に一泊して、日の出前に山小屋を出発、約2時間で山頂に到着します。
白装束の神職の合図に従って、雲海からの日の出と同時にバンザイ三唱し、朝日に向かって合掌します。
日本の登山は信仰と修行が原点だったことを改めて理解することができました。
太陽神、アマテラスオオミカミと聖地の白山の山頂は、御神体でもあります。そこからご挨拶するために登ってきたのだなと。
そして、朝日は、赤く日の丸の色をしています。日本人は、日の出からまもない太陽をそのシンボルとしていたんだ!と気づきます。
その場所に行ってみて初めて、なるほどそうだったのかと、ようやく腹落ちすることがあります。
一方で、見上げる高みはそれだけで、行ってみたい憧れの場所でもあります。
白山の室堂から山頂をスケッチしたものです。夏の入道雲と稜線のコントラストがなんと美しいことでしょう!
あの稜線の向こうには、そして山頂には何か素敵なものがあるのではと、見上げるだけでワクワクしてしまいます。
頂の彼方には、何か崇高なものに導かれる、そんな世界への憧れと高揚感を求めて、頂上を目指すのかもしれません。


